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ツールはアートリテラシーディバイドを引き起こすか

Posted in Whatnot by マルコ on the April 20th, 2008

昨日のエントリを書きながら思ったこと。

昨日紹介したDirect Note Accessは、ツールだ。ツールから生み出されるものはやはり使う人次第で、いいツールを使ったからといっていいものができるとは限らないというのはよく言われることだし、僕も素朴にはそう思う。

だが、それはいつの世でも変わらないものだろうか。

なんて聞くと「そりゃそうだ!」と即答したくなるが、考えてみるとそうでもないかもしれない。

たとえばFlickrのInterestingnessなんかに出てくる色鮮やかで美しい写真のほとんどはPhotoshopなどで加工してある。 5分でできるような簡単な加工だなと分かってしまうようなものもあるが、僕などから見るとカメラがいいのか腕がいいのか知らんがとにかく美しいと思えるようなスゴ技のものも多いのだ。

問題は、もしかするとそれは割と簡単な加工なのかもしれないというところだ。

これは一種のディジタルディバイドだ。Photoshopを知らない人からすると奇跡に思える。でも多少なりとも使ったことがある人からすると朝飯前だったりする。

要するに、ツールは三流の職人を大量に二流に引き上げるが、同時に全体としての、あるいはピラミッドの底辺でのメディアリテラシー、あるいはアートリテラシーの高まりには限界があるかもしれないのだ。つまりツールが進歩するにつれ、一般の大衆は安い加工と手の込んだ加工を判別できなくなっていく可能性がある。僕が写真についてそうなっているのと同じように。

今はまだ音楽や3D映像については安いものと洗練された技術によるものの区別がつきやすい。だが画像・写真はその域を出つつあるかのように思える。

いずれ音楽についても同じ事が十分起こり得る。ツールが力を増すにつれ、素人は準素人と達人の区別がつかなくなる。

それとも、世の中と技術は併走し、いかにパワフルなツールが出ようとも人間のセンスはそれを判別した上で楽しめるように底上げされていくんだろうか。そう、たとえば料理にしても何にしても、準素人が家庭でできるレベルというのは技術の進歩に伴い上がる一方だが、やはり二流と三流の差というのは明確で、大衆はそれを区別した上で楽しんでいるのだ。

写真が特殊な例なのか、音楽も映像も造形もそちらに向かうのか。今はちょっと僕には分からない。音楽に関しては十年ぐらいで答えが出るかもしれない。

5 Responses to 'ツールはアートリテラシーディバイドを引き起こすか'

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  1. marimo said,

    on April 20th, 2008 at 13:29

    >アートリテラシーデバイド
    これはマジで思うなぁ。PhotoshopとかIllustratorって微妙にUIが分かりにくいと思うんやけど、なんとかならんかなぁとIllustratorを触りながら考えてた。
    まぁ微妙に分かりにくいのは慣れてない側の人の意見であって、慣れた側の人にとってはそうでもないんだろうけど。

    プログラミングもそうなんだけど、ドラムにおけるモーラー奏法のような、確立された順序を踏まえることで誰でも少なくとも3流→2流になれる、つまり試行錯誤を繰り返さなくても慣れてない→慣れてるに自動的に進ませるような育成ノウハウみたいなのがあったらいいなぁと思う。

    ITの世界は育成に関しては意外とアナログで、つまり「慣れるなら経験をいっぱい積んで、試行錯誤して、失敗をいっぱい経験すること!」みたいな考えがあるように思える。
    宮大工に学ぶウェブ時代の学びの姿勢・・・っていうエントリー(「自ら気づき、学んだことでないと身につきません」みたいなことが書いてる)が以前あって、結構支持されてるみたいなんだけど、すげぇ非効率だと思う。
    2流→1流になるためには、アナログな学習しか道はないかもしれないけど、3流→2流になりたい者にまでそれを求めるのはいかがなものか。もっと効率のいい学習方法はないものか。と常々思う。

  2. marimo said,

    on April 20th, 2008 at 14:28

    人のブログのコメント欄に日々の日記を書き連ねるアレな人みたいで申し訳ないけど、もう少し書かせて。

    確立された育成ノウハウは、学習する人が何にも考えなくても自動的にマイルストーンが設定される手法、とも言い換えられる。
    「何にも考えなくても自動的に」ってのがポイントだな。

    確立されたノウハウ、適切なマイルストーンさえあれば、自動的に3流→2流に進むことができる。2流までの学習過程は単純な基礎で、試行錯誤の余地はないからだ。つまり、モチベーションの足りない者(興味はあるが、何度も試行錯誤するほどの気力はない人)でも自動的に2流に進むことができる。
    2流に進むことができたら、身に付けた基礎を元に、新しい知識をひっかけて1流に進んでもいいし、2流なりに2流を楽しむのも良し、と選択肢が広がる。

    3流→2流への道筋は需要が多く、壁が高いわりにその道筋はほとんど一方通行でアルゴリズム的にマイルストーンを設定できる。考える努力は必要なく、ただ学習プロセスをなぞるだけでいい。
    こういう学習方法は受験勉強などではむしろ美徳とされているほどなのに、「自ら気づき、学んだことでないと身につきません」という考え方が様々な技術で主流になっている。日本人はマゾなんだろうか。

    ところで、アルゴリズム的にマイルストーンを設定できるならば、あらゆる技術の学習過程を自動的に生成できるシステム、みたいなのがあっても良さそうだなぁと思った。

    長々とすまん。マルコならきっと許してくれると信じてるよ!

  3. マルコ said,

    on April 21st, 2008 at 01:29

    三流から二流への道は需要が高いってのは完全に同意。そこが楽になれば本当に楽しめることが増えるし、一流になる人も増えると思う。

    で、三流から二流への道は、ツールとかWebでの情報源が発展することでこれからどんどん平坦になっていくと思う。

    ただ、平坦になるにしても2種類あるはず。

    まずはツールの発展によるもので、これはむしろ技術とかノウハウの習得とはほぼ関係ない。というのは、「こういう風にしたい」と思ったらそれをコンピュータに伝えることで自動的に「そういう風」にしてくれるから。ただ、これは音楽とか絵画とかのいわゆるマルチメディア領域に(当面のところ)限られて、空手とかドラムとか、自らが体得して体現しないとあかんスキルには適用できない。

    もうひとつは、優れた体系的な学習手法の確立によるもの。まりもの言ってるのもこっちやんな。

    > 考える努力は必要なく、ただ学習プロセスをなぞるだけでいい

    こういう方法論って、ユニバーサルに適用できるもんなんやろうか。ちょっと反論してみると、たとえば受験勉強はこれでうまくいくけど、そうやって勉強した内容は入学後一年も経つと忘れてることが多い。それに対して「自ら気づき、学んだこと」は定着度がすごく高いのでは?ちなみにおれ自身も経験上は宮大工派。

    ということは、ほぼ自動的な学習プロセスが、自ら学んだことに匹敵するほどの定着度を持てればいいのか。

    あらゆる分野についてそれができれば素晴らしいと思う。
    これはちょっと奥が深い問題かも!

    モーラー奏法ってのも、軽くググっただけやけど自動的というよりはじっくりと鍛錬すべきもののような印象を受けた。まりも的にはどうなの?

  4. marimo said,

    on April 21st, 2008 at 02:44

    >定着度
    確かに「自ら気づき,学んだこと」でないと真から理解することはできない.
    でも,ここで重要なのは,基礎となる取っ掛かり(適切なマイルストーン)を付けることなんだ.初心者ってそもそも取っ掛かりが無いから,定着度もクソもないんだよね.だから3流→2流が難しい.
    逆に言えば,取っ掛かりさえあれば,興味と学習方法次第でいくらでも定着させることができる.
    かわいそうなのは,興味はあるのに取っ掛かりがつかめなくて上達できずにフワフワしてる人で,そういう人にとって,取っ掛かりを得ることができるプロセスってのは本当に必要なものだと思う.需要はあるはず.
    学習プロセスに乗ってあるレベルまで達した人についてはその先は考慮しない.宮大工式に経験をいっぱい積んでもっと技術を定着させるも良し,それなりに2流を楽しむも良し,まったく活用せずに腐らせるも良し.ただ,そういう選択肢を持てるということが素晴らしい!

    >受験
    受験に関しては,1流というものは存在していなくて,いかにさっさと3流→2流に移れるか,という問題が最重要課題になってる.だから,何も考えずにただ繰り返す学習プロセスが最適になっているんじゃないだろうか.

    >じっくり鍛錬すべきもの
    「じっくりと鍛錬する」というのは,俺の考えている学習ノウハウの本質そのもの.じっくり鍛錬できる≒向かうべきマイルストーンが見えている,と言える.
    自動的に,っていうのはちょっと語弊があったかもしれない.
    要は,常に向かうべきマイルストーンが見えていて,そこに向かっていきさえすれば,ある程度の技術を獲得することができる.という意味で自動的と言った.
    ある程度進んだら,自分でマイルストーンを設定しなくちゃいけないような段階になるだろうけど,そこまで進めたってことが3流→2流に歩ませているってことになる.

    それと,マルコの言っているツールの場合,ツールそのものやツールの周辺が人間に合わせて改善されることを期待していると思うけど,俺は人間の方を改善させることができるツール,すなわち「技術の学習過程を自動的に生成できるシステム」を期待している.

    3流から2流までいけるマイルストーンの地図を提供してくれているという点で,「モーラー奏法」は基本奏法であると同時に,学習ツールでもあると考えられる.まぁ自分がどのレベルに居るか,は自己判断しなきゃいけないんだけどね.

    「技術の学習過程を自動的に生成できるシステム」を今実装するとしたら,TOEICテストの模擬試験&弱点発見&マイルストーン自動設定システムみたいなのが考えられる.iKnow!( http://www.iknow.co.jp/ )にそういう機能があれば最高だね.

    更にこのシステムをもっと一般化して,「あらゆる」技術において学習過程を自動生成するシステムができれば,夢が広がりんぐ!って感じやな.
    まぁあらゆる技術から学習過程を抽出するなんてのはかなり無理がありそうやけど,どの技術でも学習という点においてどこか共通する部分はあるやろうし,「あらゆる技術から体系的な学習過程を抽出する技術」がもし体系的に確立できたら,まったく無理な話ではないと思っている.

  5. マルコ said,

    on April 22nd, 2008 at 21:26

    なるほど、まりもの言わんとしてることが分かってきた。自動的っていうのとじっくりとってのは同じものを指してたんやな。

    なるほどねぇ。

    たしかに、そういう学習過程って今は一部でしか確立されてないし、確立って言ってもあやしいもんやったり広まってなかったりするな。それを一般化してさらには広めることができたら夢が広がりんぐ!

    人力でのナレッジベース的なものを種として三流→二流の学習過程を生成できたらいいな。

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