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	<title>Oddwit</title>
	<link>http://www.oddwit.com/blog</link>
	<description>Web, Dev, Etc</description>
	<lastBuildDate>Thu, 15 May 2008 13:36:48 +0000</lastBuildDate>
	<docs>http://backend.userland.com/rss092</docs>
	<language>ja</language>
	
	<item>
		<title>普通の壁とプロジェクターがマルチタッチスクリーンになるMicrosoft TouchWall</title>
		<description>マイクロソフトのマルチタッチスクリーンといえばMicrosoft Surfaceだが、このたび新しくTouchWallなるものを発表するようだ。ソースはCrunchGear。

このTouchWall、普通の壁と普通のプロジェクタを使ってマルチタッチスクリーンが実現できるという点が新しい。画面の周辺に三つの赤外線レーザーとカメラを配置し、それらが画面に触れている指や手の位置を認識するという仕組みだ。

デモの映像があるのでどうぞ。

[youtube]http://www.youtube.com/watch?v=YPrfqdl55D0[/youtube]

できることは今あるマルチタッチと同じようなもので、この動画では広範囲のスクロールやズームをスムーズにやってみせている。

プレゼンテーションで複雑な図を用いる必要がある場合などに便利そうだ。壁全体をホワイトボードにしてしまうこともできる。

だがTouchWallの一番のメリットはなんといっても値段だろう。専用のマルチタッチスクリーンと比べて物理的なパーツが少ないため価格が圧倒的に安いらしい。たとえばSurfaceは一機で100万円ほどするそうだが、TouchWallならなんと数万円ほど。しかも当然ながら画面がいくら広くなろうとも値段が高くならないというのが素晴らしい。

なんともわくわくする技術だ。

ただ、映像を見る限りではiPhoneやSurfaceなどと比べるとやや操作がもっさりしている気がする。たぶんうまくソフトウェアをチューニングすれば大した問題にはならないと思うのだが、どうなんだろうか。ちなみにこのデモではVista上で動くPlexというソフトウェアを使っているらしい。

今のところMicrosoftとしてはこれを製品化する予定はないとのこと。早く製品化してくれないかな。数万円ならプロジェクトルームや研究室の予算でぜひとも買わせたい。

これは余談だが、ホワイトボードとして使うならプロジェクタの消費電力が気になるところだ。普通のホワイトボードはいつ見ても同じものが必ず見えるというのが大きな特長だ。今のプロジェクタは常につけっぱなしにしておく訳にはいかない。TouchWallのような技術でホワイトボードを代用するのならその方面での技術的な躍進も欠かせないと思う。 </description>
		<link>http://www.oddwit.com/blog/2008/microsoft-touchwal</link>
			</item>
	<item>
		<title>月例発表会向けのカブロボ考察 途中経過</title>
		<description>月例発表会向けレジュメとスライドの第一版ができた。最近研究関連の事を書いてなかったので、ラフにではあるがいまのところのアウトラインをまとめておく。

タイトル：「カブロボグリッド実現方法の検討」
カブロボグリッドとは
カブロボは、自動株取引きプログラム。選択した売買アルゴリズムによって儲かったり儲からなかったりするため、良いアルゴリズムを発見することが大きな課題になる。

カブロボのアルゴリズムは売買ルールとパラメータで表現されるが、ルール同士を組み合わせることも可能なため、その数は膨大。グリッドの力でこれを片っ端から探索しようというのがカブロボグリッドだ。

だが、本当に片っ端からやるだけでは効率が良くない。そこで、より良いアルゴリズムをより短時間で見つけるために、行う仕事の選択と、クライアントへの仕事の割り振り方に関していくつかの方策を提案する。
仕事の選択
片っ端から試すより、良いアルゴリズムの周辺を重点的に試行するほうがおそらく効率が良い。さらに、たとえばユーザが希望した部分を優先的に試行するような仕組みが欲しい。

そこで、仕事の生成をオーディションラインとトレーニングラインの二つに分ける。

オーディションラインは、基本的にはユーザが指定した部分の仕事を生成する。

トレーニングラインは、オーディション出身で比較的性能が良かったアルゴリズムの周辺へ手を伸ばしていく。

加えて、トレーニングラインから確率的にジャンプを起こし、少しだけ離れた部分のアルゴリズムをオーディションさせる。これは焼きなまし法に似ている。
仕事の割り振り方
ま ず前提として、カブロボグリッドではエラー耐性のために同じ仕事を複数のクライアントに割り当てる。同じ仕事を4つのクライアントに振る、というのは「冗 長性」として自由に設定可能だ。また、このうち最低3つの結果が一致していればそれを正しい結果とみなす、というような設定が可能で、この値を「クオラ ム」と呼ぶ。

さて、いまのカブロボグリッドでは冗長性を一律で設定できるが、仕事ごとに設定できない。だが冗長性をその時々のクライアントたちの能力によって動的に変更することで無駄が減らせるはずだ。

そ こで、何通りか考えられる冗長性rに対して、期待値Erを定義する。これはEr = 1/(jr * lr) で表される。jrは冗長性rのときに一回でコンセンサスが得られない確率。lrはそのときに失われる時間。これらは仕事を受け取るクライアントの能力に よって決まる。常にこのErが最大になるようなrをその仕事の冗長性として設定することで、常にもっとも効率が良いと見込める冗長性設定が可能になる。

次 に、最低限必要でない仕事をどのクライアントに割り振るべきかを考える。これは、たとえば冗長性4、クオラム3の場合の4つ目の仕事だ。前の3つが同じ結 果で返って来たときにこの4つ目の仕事は無駄になるわけで、それを例えばものすごく能力の高いクライアントに渡してしまうのはもったいない。そのクライア ントは無駄にならない別の仕事をすべきだ。

そこで、ある仕事wuを受け取れるそれぞれのクライアントiについて、もったいなさMiを定義す る。これはMi = w/(j * ei) で表される。wは仕事wuの計算量、jは自分と同じ仕事をしているほかのクライアントたちがエラーを起こす確率、eiは自分自身がエラーを起こす確率。こ れらの値は同じ仕事をしているクライアントたちと、手の空いているクライアントたちの能力によって決まる。常にこのMiが最小になるようなクライアントi に仕事を振ることで、もっとも無駄のない割り振りが可能になる。
これから考えるべきこと

	「期待値」という言葉は厳密にはふさわしくないので、他の分かりやすい言葉を考える。
	もったいなさの式にjが含まれていていいのか怪しい気がしてきたので、もう一度よく考える。
	先着順でないということはクライアントを待たせるということ。これの意味と影響を考える。
 </description>
		<link>http://www.oddwit.com/blog/2008/first-kaburobo-outline-for-monthly</link>
			</item>
	<item>
		<title>UbuntuでWindowsのホスト名を解決する方法</title>
		<description>Ubuntuからリモートデスクトップなどを使う場合、いちいちIPアドレスを入力するのは面倒だし、そもそもIPが分からない場合がある。というわけで、Windowsのホスト名（コンピュータ名など）をUbuntuから解決する方法を探してみたら簡単な方法が見つかった。

1. /etc/nsswitch.conf を編集する。

[code]
hosts: files dns
[/code]
↓
[code]
hosts: file dns wins
[/code]

2. winbindをインストールする。
[code]
sudo apt-get winbind
[/code]

たったこれだけだ。ping hostnameすればうまくいったか確認できる。

ソース：HOWTO: Resolve Netbios hostname system-wide - Ubuntu Forums </description>
		<link>http://www.oddwit.com/blog/2008/linux-howto-resolve-windows-hostnames</link>
			</item>
	<item>
		<title>パスワード不要、画像でログインするシステムRecognitionAUTH</title>
		<description>あらすじ：パスワードではなく画像の組み合わせを使って認証させる仕組み（RecognitionAUTH）を採用したOpenIDプロバイダを見つけたが、これはあまり良くないんじゃないかと思った。

myvidoopという、パスワード不要のOpenIDプロバイダを見つけた。

よくあるOpenIDプロバイダは普通にユーザ名とパスワードでログインを求めてくるが、myvidoopでは画像を使ってパスワードなしでログインできるところが面白い。

まずユーザ登録時に好きな「カテゴリ」を3つ選んでおく。カテゴリは「犬」、「高層ビル」、「飲み物」、「飛行機」などで、全26種類。ログイン時する際は、ユーザ名を入れると写真がサムネールで15枚ほど表示される。その中から自分のカテゴリの写真3枚を見つけ、一緒に表示されているアルファベットを入力する。正しければログイン完了だ。



ちなみに画像はカテゴリごとに一枚というわけではなく、同じ「犬」でも色んな犬の写真が出てきたりする。

RecognitionAUTHという名前でConfidentというところが売りに出しているこのシステム。試したみた感想だが、あんまり良くないんじゃないだろうか。端的に言うと簡単ではあるが、カテゴリを忘れにくいわけでもなく、自分のネット界の要となることを任せるには安心感が足りないという印象だ。

本棚.orgと比べてみる
画像でログインといえば僕は本棚.orgの例が浮かぶ。こちらは画像を自前で用意し、それぞれにいくつかの選択肢をつけてクイズを作るというもの。例えば自宅近くの公園の写真を使って「5丁目の公園」「4丁目の公園」「駅前」などを選択肢とすればよい。そんな画像を数枚使えば、数クリックでログインできることになる。

こういった認証システムを検討する時は、いくつかの重要なポイントがあるだろう。まずはもちろん、破られにくいかどうか。破られるというのにはDoS的なものもソーシャルエンジニアリングも含む。例えばパスワードは組み合わせ的には比較的破りやすいし、80%の人がチョコレートと引換にパスワードを教えてしまうというような話があった。

次に、安心感があるかどうか。様々な認証システムを見ていると、安心感があることと実際に安心であることは必ずしも同じではない。例えば指紋認証などはナイーブには安心感があるけども、実際の強度はそれほどでもない。

ログインできない事はないか。一番よくあるのはパスワードを忘れることだが、他にもたとえばFlashやJavascriptなど特定の環境に依存してしまうことも考えられる。

使いやすいかどうか。これは一つの認証方式でも大いに変わりうる部分だ。普通のパスワードでもそれなりに使いづらいが、オンラインバンキングでは何故かソフトキーボードをちまちまとクリックしなければいけない所などもあり、そうなると最悪である。

大体において安全性と使いやすさ・失敗しにくさはトレードオフの関係にある。たとえばパスワードは長ければ長いほど安全だが、ログインにかかる時間は長くなるし、忘れやすくもなる。したがって認証方式には一長一短が出るのだが、それが利用シーンに適した一長一短なのかどうかが問題になる。

さて本棚.orgの場合、破られてもせいぜい知らない本が登録されたり本が削除されたりするだけだ。大した被害ではない。まぁ本が消されてたら困るといえば困るが、そのせいでピザが届いたり壷が届いたりすることはない。一方、myvidoopはOpenIDプロバイダである。ログインIDが一つになって便利だが、一度破られれば自分の使っているあらゆるWebサイトへログインを許すことになってしまう。これは重大な違いだ。

それを踏まえてRecognitionAUTHの安全性を考えると、極めて不安である。まず、写真のカテゴリは3個から最高でも5個までしか選べない。ということは結局のところ、アルファベット5文字で認証するわけだ。単純に組み合わせの数で言うと本棚.orgの一般的なユーザよりは多くなるが、それでもDoSが可能ならばあっという間の範囲だ。それに、打ち込む文字列がワンタイムで毎回変わるというのは一見良さそうに見えても殆ど役には立たないはずだ。キーロガーだけでは破れなくなるが、OCRか単純な画面キャプチャを組み合わせればいいだけの話である。

また、五個のカテゴリのソーシャルな脆弱性を考えると、パスワードよりもなお悪い事が分かる。というのは、「パスワードはakI928DCです」というのよりも「キーカテゴリは猫と船とオフィスです」という方が簡単だし伝播しやすいからだ。口に出すのも恥ずかしいようなカテゴリばかりならソーシャルには強くなるかもしれない。

安心感としても3〜5文字というのは不安ではないだろうか。少なくとも僕は不十分な印象を受けた。それに、設定したカテゴリを忘れないかというと特にそんな自信が生まれるわけでもない。

結論
RecognitionAUTHをボコボコにしてしまったが、結局言いたいのは、OpenIDという利用シーンに適してないということだ。利用方法は実際に簡単なので、その点では優れていると思う。Twitterぐらいのサービスひとつを守らせるなら簡単さが生きると同時に不安感が目立たなくなるだろうから、この仕組みはきっとそのあたりで使うべきものじゃないだろうか。 </description>
		<link>http://www.oddwit.com/blog/2008/recognition-auth</link>
			</item>
	<item>
		<title>発想・創発のお助けカード</title>
		<description>知恵カード。
問題に直面したときや、単にアイデアを探している時に発明的発想がしやすくなる手助けグッズです。

「分けよ」、「2つを併せよ」、「逆にせよ」、「自ら行うように仕向けよ」など、問題やその周辺の情報をこねくり回す方法をカードにしたもので、計40枚が画像としてWebサイト上で公開されています。

こういう手法というのは割と色んなところで見たり聞いたりしますが、平易な言葉とシンプルなイラストでカード型にまとめてあるので利用価値があるかと。

ただ、このサイト上にはカードが並んで配置されていないので印刷するのが面倒。

出来合いのカードを購入することもできるようですが、一組6,500円というぶっ飛んだ値段なのでちょっと現実的ではありません。カードの文言を普通の表にしたものがネタ元の記事にあるので、これをそのまま印刷するか、簡単にレイアウトしてみるのが一番手っ取り早そう。

全部のカードが並んだPDFがあったら便利なんだけども。 </description>
		<link>http://www.oddwit.com/blog/2008/chieca-for-ideas</link>
			</item>
	<item>
		<title>ツールはアートリテラシーディバイドを引き起こすか</title>
		<description>昨日のエントリを書きながら思ったこと。

昨日紹介したDirect Note Accessは、ツールだ。ツールから生み出されるものはやはり使う人次第で、いいツールを使ったからといっていいものができるとは限らないというのはよく言われることだし、僕も素朴にはそう思う。

だが、それはいつの世でも変わらないものだろうか。

なんて聞くと「そりゃそうだ！」と即答したくなるが、考えてみるとそうでもないかもしれない。

たとえばFlickrのInterestingnessなんかに出てくる色鮮やかで美しい写真のほとんどはPhotoshopなどで加工してある。 5分でできるような簡単な加工だなと分かってしまうようなものもあるが、僕などから見るとカメラがいいのか腕がいいのか知らんがとにかく美しいと思えるようなスゴ技のものも多いのだ。

問題は、もしかするとそれは割と簡単な加工なのかもしれないというところだ。

これは一種のディジタルディバイドだ。Photoshopを知らない人からすると奇跡に思える。でも多少なりとも使ったことがある人からすると朝飯前だったりする。

要するに、ツールは三流の職人を大量に二流に引き上げるが、同時に全体としての、あるいはピラミッドの底辺でのメディアリテラシー、あるいはアートリテラシーの高まりには限界があるかもしれないのだ。つまりツールが進歩するにつれ、一般の大衆は安い加工と手の込んだ加工を判別できなくなっていく可能性がある。僕が写真についてそうなっているのと同じように。

今はまだ音楽や3D映像については安いものと洗練された技術によるものの区別がつきやすい。だが画像・写真はその域を出つつあるかのように思える。

いずれ音楽についても同じ事が十分起こり得る。ツールが力を増すにつれ、素人は準素人と達人の区別がつかなくなる。

それとも、世の中と技術は併走し、いかにパワフルなツールが出ようとも人間のセンスはそれを判別した上で楽しめるように底上げされていくんだろうか。そう、たとえば料理にしても何にしても、準素人が家庭でできるレベルというのは技術の進歩に伴い上がる一方だが、やはり二流と三流の差というのは明確で、大衆はそれを区別した上で楽しんでいるのだ。

写真が特殊な例なのか、音楽も映像も造形もそちらに向かうのか。今はちょっと僕には分からない。音楽に関しては十年ぐらいで答えが出るかもしれない。 </description>
		<link>http://www.oddwit.com/blog/2008/will-digital-tools-create-media-literacy-divide</link>
			</item>
	<item>
		<title>和音の中までいじれる音楽編集ソフト</title>
		<description>It’s like Photoshop for music.
これはすごい。ドイツで開発されているDirect Note Accessという音楽編集ソフトなのだが、なんと和音の中のそれぞれの音まで触れてしまうそうだ。

かなり衝撃的なデモ動画があるので、とにかくまずはご覧あれ。

[youtube]http://www.youtube.com/watch?v=jFCjv4_jqAY[/youtube]

1:10 - 従来のコード操作。コード全体のピッチが上下する。
1:55 - コードがそれぞれの構成音に分解できる。

ここからはもう見てのとおり、ミラクルが展開される。

Youtubeではよくわからないが、音をいじってもほとんど音質が劣化しないらしい。実際のところはどうなんだろうか。たとえばPhotoshopでもカラーバランスを変えたり彩度を上げたりしていると簡単にトーンジャンプを起こすが、きっと同じような劣化は避けられないはずだ。何らかの形で飛んだ情報をうまく補完したりする技術も入ってるんだろうな。

これを導入すればコマーシャリズムいっぱいのJ-Popレーベルはレコーディングコストが下がって万々歳だろう。なにせ歌が下手でも楽器が下手でも採り直しの必要がないのだ。一人のミスのために10人の時間が奪われることがなくなる。効率が上がって時間的・人的コストは下がり、同じ時間とカネでできるレコーディングの数が増える。

それは一体どういうことを意味するのか。他でもない、こういった技術の登場は、CDは良くてもライブを聞くと萎え死ぬような中途半端アーティストがまだまだ増えることを保証してくれるのだ。さらに言えば、編集ソフトがHi-Fiになればなるほど我々の耳は厳しく試される。「そんなん本当の音楽じゃないやろ」なんて言っててもあなたの聞いてるマイルスは調整済みかもしれない。世界の未来は明るい。

というのはさておき、これが活用できるのはきっとそんな残念な場面だけじゃない。リミックス、マッシュアップ関連でいろいろと面白いプロジェクトが増えそうだし、たぶん映画やテレビ番組などの音声トラックを編集するのにも使えそうな気がする。いや、業界を全く以って知らないから当て推量でしかないが、少なくとも素人メディアでは活躍すること間違いなしだろうと思うし、それはそれで今の世の中では大きな意味を持つはずだ。

リリース直後は祭りになるだろうから、どんな作品が出てくるかちょっと楽しみだ。 </description>
		<link>http://www.oddwit.com/blog/2008/direct-note-acces</link>
			</item>
	<item>
		<title>量子力学の奇妙なところについての読書メモ（３）</title>
		<description>

１回目と２回目の続きです。

本当のパラドックス
EPR実験やその周辺について思考を巡らせるとき、我々は実在について悩まなければいけない。だがロケットを飛ばしたりタンパク質の折りたたみを調べたりしているときは、そんな必要はない。ならば、微細な部分では曖昧で不可解な性質を持つものが、なぜ巨視的には堅固で確実なように見えるのか。

また、量子の性質が不確定だというのならば、それを観測する機械自体が不確定で曖昧な結果を出さないと、どうして言いきれるのか。

脱コヒーレンス
この問題を説明するため、まずは例の猫が生きているか死んでいるかを考える。生きた猫を表す粒子の配列はたくさんあり、死んだ猫を表す粒子の配列もおそらく同じくらいたくさんある。しかもそれらはその中で常にうごめいている。すると、猫が生きているとか死んでいるとかを、ひとつの巨視的量子状態として捉えていいのかは疑問だ。

結論から言うと、猫の箱につながれたシュテルン・ゲルラハ磁石を電子が通過した瞬間、たしかに猫は半分死んで、半分生きている。電子が半分上向きで半分下向きと言うのとまったく同じ意味で、つまり重ね合わせとして、だ。だが大量の粒子の集まりとしての猫は常に微妙に変化している。このとき、死んでいる側と生きている側が両方ランダムに生きた状態と死んだ状態へと変化していく。この無数の生きた猫と死んだ猫の重ね合わせにより、波動関数が互いに打ち消し合うのだ。従って巨視的には、確率的に生きているか死んでいるかどちらかへ変化することになる。

要するに電子が観測されたその一瞬だけは猫も重ね合わせの状態にあるが、一瞬後には、おなじみの「生きているか死んでいるか知らない」というごく普通な状態になるわけだ。

これを、量子の集合体が協調的にではなく分散的に動くという意味で脱コヒーレンスとよぶ。

コヒーレンスが復活したら
脱コヒーレンスは、それぞれの粒子がほぼランダムに動くため、コヒーレンスを維持するのに比べて圧倒的に確率が有利なためおこる。これは、たとえばタバコの煙を吐き出したとき、それがまっすぐ上に昇らず広がっていくのと似ている。原理的には、まっすぐ昇ることは可能だ。ただ確率が極めて低いというだけの話である。白いピン球10000個の中に3個のオレンジ色のピン球を入れ、その容器を振っているうちに三個が集まってくるか、というのとも似ている。原理的には可能だが現実的には起こり得ない。

つまり、時間が経てば猫は再び半死半生の重ね合わせになりうる。だが現実的には起こりえず、起こったとしても誰も気がつかないほど早くコヒーレンシは再び失われ、その性質は消える。

月がきっと存在するのも、観測機が正しく電子のスピンを観測できるのも、同じ理由による。天文学的に小さい確率で、月が一瞬裏返るかもしれないし、計りの針が二ヶ所を同時に指すかもしれない。だがそれは巨視的なモノに関しては現実的には起こり得ないから、心配する必要が無いのだ。

感想
一応、これで全部です。あまりうまくまとまっていないのは、あまりちゃんと理解していないため。たぶんこの本が特に難解だという訳ではないと思うが、概念自体が僕にとっては新しすぎて、馴染むのに時間のかかっている。なにせ、対応する現実のメタファが見当たらない。他の分野の科学というのはだいたいにおいて現実世界にメタファがあり、それを活用することで理解を進めることができているんだというのは、この本を読んで得た副作用的な気づきだ。

この本のタイトルはかなりいいところを突いてると思う。序盤・中盤で量子力学の奇妙なところをこれでもかというほど突きつけておいて、終盤ではその奇妙さが八割がた無くなるように展開する。ただ、完全になくなる訳ではない。だから「思ったほど奇妙でない」というのは言い得て妙だ。

英語の長い分がそのまま訳されていたりと和訳にちょっと難があるが、全体的には、かなり頭の体操になったので満足だ。

しかし結局もやもやが残る…。これを消そうと思うといずれかの流派（と言うよりむしろ宗派）を踏襲するしかないんだろうか。 </description>
		<link>http://www.oddwit.com/blog/2008/quantum-physics-notes</link>
			</item>
	<item>
		<title>量子力学の奇妙なところについての読書メモ（２）</title>
		<description>

前回の続きです。

コペンハーゲン解釈 vs EPR
測定していない事象はあくまで不定であり、それを考えることには意味が無いとするのがコペンハーゲン的解釈。それに対し、アインシュタイン・ポドルスキー・ローゼンは通称EPR呼ばれる思考実験を提唱し、反証しようとした。

EPR実験では、正反対の方向へ飛び出す一対の粒子を考える。すると一方の粒子について位置や運動量などを測定することで、もう一方の粒子に関しては何の影響も与えること無く情報を得られることになる。つまり測定と独立した絶対的な現実が存在するはずだという主張だ。だがコペンハーゲン派代表のボーアはそうではないと言った。

ジレンマの誕生だ。アインシュタイン説を取るとある定まった現実が存在することになり、ボーア説を取ると何らかの方法で瞬間的に情報が伝達されていることになる。両方、あまり好ましくない。

ボームの「隠れた変数」説
ボームは、測定している事物には、我々の知らない秘密の「隠された」特性があるのではないかと言った。例えば二重スリット実験で言うと、光は実際に粒子であり、どちらか片方のスリットを通る。その際、光子はガイドウェーブというものに導かれる。その上で光子の初期状態に微妙なばらつきがあるため、結果として干渉模様が生まれるという。

だがこの説はあまり広く受け入れられなかった。まず、ガイドウェーブが光子に道筋を教える方法を説明するために量子ポテンシャルと言う不可解な新しい概念が必要であること。次に、光子は力の作用を受けないのにどうやって道筋を変えるのかが上手く説明されないこと。さらに、ガイドウェーブは必然的に非局所的であり、装置のあらゆる部分からの必要な情報を持っていなければいけないこと。

ベルの定理
ベルは同時に二つのEPR実験を行った際のそれぞれの粒子の状態を変数としたある代数式を掲げた。もし隠れた変数によって情報が瞬間的に伝達されるのなら、その式は-2〜+2の値を取るはずだった。しかし実験的には、最大で2√2までの値を取りうることが分かり（アスペが行ったこの実験はこの本で解説するには難しすぎるらしい）、かくして隠れた変数説は失脚した。コペンハーゲン解釈は妥当性を保ったわけだ。

残された可能性
隠れた変数による潜在的な現実という説が倒れたいま、残された考え方は三つに分けられる。
・ボーアが正しく、観測するまでは不定なのかもしれない
・瞬間的に伝わる影響力があるのかもしれない
・観測機同士が互いに影響を及ぼしているのかもしれない。

ただし後者ふたつは、分からない部分を別の分からない部分へと押しやっただけ。一方コペンハーゲン解釈は据わりが悪いが理論としては簡潔だ。


続きます。

最終回

ところで、このブログをRSSリーダーで見るとまったく改行されずに表示されていたようですが、修正しました。少なくともGoogle Readerでは正しく表示されるはず。 </description>
		<link>http://www.oddwit.com/blog/2008/quantum-physics-notes-2</link>
			</item>
	<item>
		<title>カブロボグリッドがとりあえず（半分）動いた</title>
		<description>カブロボグリッドをとりあえず動かしてみた。

昨日まとめたBOINCの仕様の実感を何となくつかめた気がする。

今はこの研究室マシンでカブロボクライアントが走っているが、なにやら気に食わんらしい。Project Communication Failed?? うむぅ。なぜ？もしかして仕事がないんだろうか。ワークユニット生成はした覚えがない。どこでどういう風に行うものなのかはまだ理解していない。

BOINCのドキュメント首っ引きで進めているが、この順番で読めば間違いない、という風には書かれていないので必要な情報だけスキャンしようとするとやや難しい。片っ端から読まなければいけないかもしれない。

これからすること：

	ワークユニットとリザルト生成にまつわるBOINCの仕様を理解する
	カブロボグリッドにおけるワークユニットの構成方法を理解する
	クライアントによる出力がどこにどう記録されているのかを理解する
	ライアンが残したユーティリティスクリプトを読んで理解する

研究室にあるグリッド関連の書籍がかなり貧弱なので図書館に行ってみたが、やはりあまりエキサイティングな文献は見つからなかった。ついでに言えば 工学 部の文献室にも初めて行ってみたのだが、こちらもDoors検索すると状態が「研究室」の物ばかりで、結局余りよい書籍や文献は手に入らずじまいである。 まぁ今はまだ自分のやるべきことがハッキリしていないから論文を読んでも仕方がない（というよりも論文の探しようがない）のだが。

適 当に検索してみるとスケジューリングやらなにやらで色々と分散・並列コンピューティングに関する資料はヒットするのだが、そのうちどこまでの面倒を BOINCが見てくれているのかは知っておく必要がある。さすがに二週間でBOINC自体に手をつけるのは難しい。自分が触るべきところをハッキリさせる のが今週の目標か。 </description>
		<link>http://www.oddwit.com/blog/2008/kaburobo-first-steps</link>
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